思わず背すじが寒くなるほど静かな住宅街に立ちつくす。
ありとある物語よりはるかに酷たらしい殺しがあった町!
小高い丘のうえの建造物が冷たい神殿みたいに聳えたつ。
薄暗い灰色の空をおまえは失くした眼で見あげている。
考えられるかぎりで最悪の死者の死を死につづけている。
巨大な板チョコみたいな坂道が天国への階段みたいに延びる。
どんな木もあたかも毒樹のように見えてしまう昼さがり、
風にざわめく草蔭に何かがひそんでいるような暗い森!
深い緑の榊が真実を覆い隠すように生い茂る。
現実世界の崖下を覗きこんだ気分で体を震わせる。
誰かの涙が沁みこんだかのように湿った土を踏みしめる。
くたびれた黒革の靴底が僕自身の重みに耐えている。
僕という透明な存在をもみ消していくモンスター、
彼らがかぶってる仮面はヒーローあるいはスーパースター!?
残忍な犯人は誰なんだ?
須磨区に住まう悪魔はどこへ消えた?
野生の熊や警察犬でも襲いかかってきそうに翳る山、
おまえが流した血液が染めたみたいな赤土を滑りおりる。
不気味な祭壇が今は薮の中、僕は僕の現実へと還る。
*
かつて世間知らずの受験生だった僕が訪れた町、
あんな悲惨な地震と事件でズタズタに切り裂かれた町!
穏やかな地下鉄の構内で僕の足が泥にまみれている。
何ごともなかったように弛緩した顔つきで乗客が笑う。
なぜか奇妙な生き物でも眺めているかのような気にさせる。
真っ暗な地底を突き進む、まるで地獄行きの列車みたいに!
誰もが寝静まる夜、僕は遥かな声に耳をそばだてる。
あの丘のぬかるんだ地面に今でも雨が振りそそぐ。
情報という汚水が溢れだす、僕らの頭蓋の空洞を満たす。
現代の神殿にひれ伏して、カレーの毒に溶けていく…
《小さい黒いサンボ》のまぬけな虎みたいに輪になって死んでいく…
立つべき場所も語るべきことも失くして漂う透明な人よ!
五月の神戸から僕は世界の暗闇へ歩きだす。
(一九九八年九月〜一九九九年五月)