いつまでも酷たらしい死者


思わず背すじが寒くなるほど静かな住宅街に立ちつくす。
ありとある物語よりはるかに酷たらしい殺しがあった町!
小高い丘のうえの建造物が冷たい神殿みたいに聳えたつ。
薄暗い灰色の空をおまえは失くした眼で見あげている。
考えられるかぎりで最悪の死者の死を死につづけている。
巨大な板チョコみたいな坂道が天国への階段みたいに延びる。

どんな木もあたかも毒樹のように見えてしまう昼さがり、
風にざわめく草蔭に何かがひそんでいるような暗い森!
深い緑の榊が真実を覆い隠すように生い茂る。
現実世界の崖下を覗きこんだ気分で体を震わせる。
誰かの涙が沁みこんだかのように湿った土を踏みしめる。
くたびれた黒革の靴底が僕自身の重みに耐えている。

僕という透明な存在をもみ消していくモンスター、
彼らがかぶってる仮面はヒーローあるいはスーパースター!?
残忍な犯人は誰なんだ?
須磨区に住まう悪魔はどこへ消えた?

野生の熊や警察犬でも襲いかかってきそうに翳る山、
おまえが流した血液が染めたみたいな赤土を滑りおりる。
不気味な祭壇が今は薮の中、僕は僕の現実へと還る。


かつて世間知らずの受験生だった僕が訪れた町、
あんな悲惨な地震と事件でズタズタに切り裂かれた町!
穏やかな地下鉄の構内で僕の足が泥にまみれている。
何ごともなかったように弛緩した顔つきで乗客が笑う。
なぜか奇妙な生き物でも眺めているかのような気にさせる。
真っ暗な地底を突き進む、まるで地獄行きの列車みたいに!

誰もが寝静まる夜、僕は遥かな声に耳をそばだてる。
あの丘のぬかるんだ地面に今でも雨が振りそそぐ。
情報という汚水が溢れだす、僕らの頭蓋の空洞を満たす。

現代の神殿にひれ伏して、カレーの毒に溶けていく…
《小さい黒いサンボ》のまぬけな虎みたいに輪になって死んでいく…
立つべき場所も語るべきことも失くして漂う透明な人よ!

五月の神戸から僕は世界の暗闇へ歩きだす。

(一九九八年九月〜一九九九年五月)


遅れて来た青年