神戸家裁決定要旨
1997年10月17日発表
第1 主文
少年を医療少年院に送致する。

第2 認定した非行事実
少年は、
1 1997年2月10日午後4時35分ごろ、神戸市須麿区内の路上で、小学校6年生の女児(当時12歳)の姿を認めるや、突然、かばんの中に持っているショックハンマーで殴ろうと思い立ち、同女に対し、取り出したショックハンマーで、その左後頭部を1回殴打する暴行を加え、よって、同女に対し加療約1週間を要する頭部外傷の傷害を負わせた

2 上記日時場所において、上記同様、小学校6年生(当時12歳)に対し、上記ハンマーでその右後頭部を1回殴打する暴行を加えた

3 同年3月16日午後0時25分ごろ、同区内の路上で、通行中の小学校4年生の女児(当時10歳)に対し、未必の殺意をもって、八角げんのうでその頭部を殴打し、よって、同月23日午後7時57分、頭がい粉砕骨折を伴う高度の脳挫傷により死亡させ、もって同女を殺害した

4 同日午後0時35分ごろ、同区内の歩道上で、通行中の小学校3年生の女児(当時9歳)に対し、未必の殺意をもって、刃体の長さが約13センチのくり小刀でその腹部を突き刺したが、同女に加療約14日間を要する腹部刺創及び外傷性下大静脈損傷等の傷害を負わせたにとどまり、殺害の目的を遂げなかった

5 同年5月24日昼過ぎごろ、自宅を出て自転車で走っているとき、同区内の小学校付近の路上で、小学校6年生の男児(当時11歳)と偶然出会い、とっさに、同児ならば、タンク山頂上付近まで連れて行き、そこで殺せると思い、同児を「向こうの山に亀がいるから、一緒に見に行こう」と言って誘い、同日午後2時過ぎごろ、タンク山頂上のケーブルテレビアンテナ基地局施般の入り口前に連れて行き、同所で、殺意をもって、後ろから右腕を同児の首に巻き、絞め付けながら同児を倒し、次いで、あおむけにし、馬乗りになって手袋をした両手で首を絞めた後、自分の履いている運動靴のひもを抜き、そのひもで同児の首を絞め、よって、即時同所において、同児を窒息により死亡させ、もって同児を殺害した

6 同月25日午後1時ごろから午後3時ごろまでの間に、上記施設の中で、床下から上記男児の死体を引き出し、金のこを用いて上記男児のけい部部分を頭部と胴体部分とに切断し、同月27日午前1時ごろから3時ごろまでの間に、その頭部を中学校正門前に投棄し、もって、死体を損壊し、遺棄したものである。

第3 殺意を争った非行事実3及び4の各事実について
 非行事実3及び非行事実4について、付添人はいずれも、少年の殺意を否認する。
 しかし、これらの非行は、少年が凶器として、あらかじめ用意した重さ約1・5キロの鉄のハンマー(八角げんのう)または刃体の長さが約13センチもあるくり小刀を使用して、ハンマーでは頭部を殴打し、くり小刀では腹部を刺しており、いずれも攻撃を加えている個所が人体の枢要な部位であるから、攻撃した回数がそれぞれ1回限りであることを考えると確定的殺意までは認められないにしても、仮に死の結果が生じてもやむを得ないとの認識であったと認めざるを得ない。

第4 少年の警察官に対する供述調書等の証拠能力
 証拠を検討すると、以下の取り調べ状況を認めることができる。少年は、警察官の取り調べに対して、2月の事件(非行事実1及び2)と3月の事件(非行事実3及び4)については自白したが、5月の事件(非行事実5及び6)については、自白しなかったが、
当時、警察で集めた証拠の中で、筆跡鑑定は最も証拠価値が高い位置にあったところ、科学捜査研究所が上記声明文の筆跡と少年の筆跡とが同一人の筆跡か否か判断することは困難であると判定したため、逮捕状も請求できず、任意の調べにおける自白が最後の頼りであった状況において、物的証拠はあるのかとの少年の問いに対し、物的証拠はここにある旨言って、机の上の捜査資料をぱらぱらとめくって、赤い字で書かれた上記声明文のカラーコピー等を見せるなどして、あたかも筆跡鑑定により、上記声明文の筆跡が少年の筆跡と一致しているかのように説明し、その結果、少年は物的証拠があるのならやむを得ないと考え、泣きながら自白したというのである。
 取調官がこのように少年を説明したことは、
もとより違法であり、同一取調官に対する少年の非行事実5及ぴ6についての供述調書全部を、刑事訴訟規則207条により本件少年保護事件の証拠から排除する。
 他方、検察官は、少年に対し、「言いたくなけれぱ言わなくてもよいのはもちろん、警察で言ったからといって、事実と違うことは言わなくてもよい」と明確に告げてから少年の供述を求めているから、いわゆる毒樹の果実の理論(注1)【下の注参照】の適用はない。従って、少年の検察宮に対する供述調書及びそれらの供述調書の中で触れられている証拠物については、証拠排除の理由がない。
【掲載者注 毒樹の果実の理論 樹木が毒性ならば、それになる実も毒があるというのに似て、捜査が違法ならば、それによって得られた証拠も採用すべきでないという論理。警官が違法に侵入して汚職の証拠書類を得たとすれば、警官の行為と書類の内容には因果関係がないので、警官の行為の違法性に関わりなく証拠として採用してよいが、神戸事件の場合、違法な取り調べがあってはじめて少年が自白し、またあのような内容の自白をしているので、捜査方法が証拠と密接な因果関係をもっていると見るべきで、これは毒樹の果実に相当する。すでにこの判決を書いた段階で、井垣氏はおかしい。なおA少年の付添人(弁護人)の一人だった本上博丈弁護士の論文「神戸事件の証拠排除事例」が、この点で重要な参考文献】

第5 非行時における精神状況
 付添人は、少年には基本的人格の偏りがあり、その偏りは著しく、サディズム・思いやりの無さ・衝動的爆発的に行動する傾向をあわせ考えると、本件非行時、成人の刑事事件で問題となる心神耗弱の状況にあったと主張する。
 鑑定人2名の共同作成の鑑定書(以下、両鑑定人の証言を含めて「共同鑑定」という)は、少年の非行時の精神状況についての鑑定主文において、少年は、「非行時、現在ともに顕在性(注2)の精神病状態にはなく、意識清明であり、年齢相応の知的判断能力が存在しているものと判定する。未分化な性衝動と攻撃性との結合により持続的かつ強固なサディズムがかねて成立しており、本件非行の重要な要因となった。
 非行時並びに現在、離人症状(注3)、解離傾向(注4)が存在する。しかし、本件一連の非行は解離の機制に起因したものではなく、解離された人格によって実行されたものでもない。
 直観像素質者(注5)であって、この顕著な特性は本件非行の成立に寄与した一因子を構成している。また、低い自己価値感情と乏しい共感能力の合理化・知性化としての『他我(注6)の否定』すなわち虚無的独我論も本件非行の遂行を容易にする一因子を構成している。
 また、本件非行は、長期にわたり多種多様にしてかつ漸増的に重複化する非行歴の連続線上にあって、その極限的到達点を構成するものである」としている。
 共同鑑定は、少年を医学的に検査並びに診察した上、心理テストの結果も踏まえ、少年に12回にわたり問診するなどして判断したもので、その内容も十分首肯できるものであり、これと少年調査票、鑑別結果通知書等他の証拠と照らして検討すると、少年は、年齢相応の普通の知能を有し、意識も清明である。精神病ではなく、それを疑わせる症状もないのであって、心理テストの結果にも精神病を示唆する所見がないと認められる。したがって、少年が本件各非行時、付添人の主張するような性格的偏りがあるにしても、成人の刑事事件にいう心神耗弱の状況にあったとまでは言えない。

  第6 少年の成育歴と本件非行に至る心理的背景
 少年は、長男として出生し、少年の両親や家族から期待されてその後生まれた弟たちと比較して厳しくしつけられて成長した。そのため、少年は、次第に、両親、とりわけ母親に対して自己の感情を素直に出さなくなっていった。
 少年が小学校5年のとき、少年らと同居していた祖母がなくなった。祖母は、厳しいしつけを受けていた少年をときにはかばってくれ、少年は祖母の部屋に逃げ込んだりしていた。この祖母の死とのつながりは不明であるが、このころからナメクジやカエルの解剖が始まった。そして、この頃向は進み、小学校6年のころは猫を捕まえて解剖するようになった。しかし、中学1年に進学すると、部活動や両親の定めた門限などで時間的余裕がなくなり、猫を捕らえて解剖することもできなくなり、そのころには、少年の猫殺しの欲動が人に対する攻撃衝動に発展していたが、現実に人を攻撃すれば罰せられるため、その後、2年近くは、殺人の空想にふけることによって性衝動は空想の中で解消され、抑えられていた。しかし、次第に、現実に人を殺したいとの欲動が膨らんできて、少年は、学校に通ってはいたものの、学習意欲がうせ、教師に心を開かず、友達と遊ぶこともなく、タンク山で一人で遊び、自宅でも、一人で昼間からカーテンを閉めて薄暗くして過ごし、雨の日を好み、殺人妄想にさいなまれていた。このような状況にあって、少年の母親には少年の気持ちを理解することはできなくなっていた。
 少年は、自分は他人と違い、異常であると落ち込み、生まれてこなけれぱ良かった、自分の人生は無価値だと思ったが、この世は、弱肉強食の世界であり、自分が強者なら弱者を殺し、支配することができる、などという自己の殺人衝動を正当化する独善的理屈を作りあげていった。
 このような心理的状況を背景に2月の非行(非行事実1及び2)が偶発的に行われ、次いで、3月の非行(非行事実3及び4)が人間の壊れやすさを試すために実行され、遂に、5月の非行(非行事実5及び6)に及んだ。

 第7 処遇の理由
 少年は、表面上、現在でも目己の非行を正当化していて、反省の言葉を述べない。しかし、少年鑑別所の中で恐ろしい夢を見たり、被害者の魂が少年の中に入り込んで来たと述べるなど、心の深層においては良心の芽生えが始まっているようにも思われる。
 ただし、今後、表面上反省の言動を示し始めても、それだけで少年が改しゅんしたと即断せず、熟練した精神科医による臨床判定(定期的面接と経過追跡)と並んで、熟練した心理判定員による定期的心理判定を活用すべきである。これらによって、少年に、表面上だけでなく、好ましい方向への根本的変化が現れつつあるかどうかを追跡し、判定の慎重を期すべきである。
 少年は、自己の生を無意味であると思っており、また良心が目覚めてくれぱ、自己の犯した非行の重大さ・残虐性に直面し、いつでも自殺のおそれがある。
 また、少年は、精神分裂病、重症の抑うつ等の重篤な精神障害に陥る可能性もある。これらを予防しあるいは、早期に治療するためにも、熟練した精神科医がおおむね週に1度は検診する必要がある。
 少年は年齢的に、人格等がなお発展途上にあるから、今後、普通の人間のような罪業感や良心が育っていく可能性がある。また、性的し好も通常の方向へ発達改善される可能性がある。
 そのためには、少年を、当分の間、落ち着いた、静かな、一人になれる環境に置き、最初は1対1の人間関係の中で愛情をふんだんに与える必要があり、その後徐々に複数の他者との人間関係を持たせるようにして、人との交流の中で、認知のゆがみや価値観の偏りを是正し、同世代の者との共通感覚を持たせるのがよい。
 また、社会的な常識や良識を持たせたり、他人の気持ちを察したり、相手の立場を配慮して、自己表現できる力を付けさせる等、現実的な対人関係調整能力を身に付けさせるためには、具体的な行動訓練により、一つ一つ教えていく必要がある。
 なお、少年の両親、特に母親との関係改善も重要である。
 少年の処遇について、共同鑑定は、鑑定主文において、少年法上の具体的処遇についてまで言及はしないが、次のように述べている。「この少年は、本件一連の非行が予後の厳しさを示唆する種類のものであり、また、現在まことに活然としているとはいえ、年齢的に人格がなお発達途上にあることを考慮すれば、罪業感や良心が今後自覚される可能性が全くないとはいえず、その自覚を通しての更生に希望を託するほかはない。この直面化には熟練した精神科医の接近法を要する。しかし、良心あるいは罪業感は両刃の刃であって、直面化の過程で、分裂病、重症の抑うつ状態、解離性同一障害等の重篤な精神障害が生起する可能性もある。少年は今後これらの疾患の好発年齢に入る。さらに、少年に対して法を無視した制裁の危険も否定できない。以上のすべてを考慮すれば、隔離状況で今後の精神的変化に対応できる環境での処遇が望ましい」
 そこで、被害感情について触れる。被害感情は、察するに余りある。当然のことながら厳しい。
 殺害された小学校6年生の男児の両親とは、少年の両親は、いまだ直接出会っていないが、殺害された小学校4年生の女児の両親とは、最近、弁護士立ち会いのもとで、直接謝罪しており、その際、小学校4年生の女児の両親は、「少年を見捨てることなく、少年に本件の責任を十分自覚させてください。再び同様の犯罪を繰り返さないように、少年を十分指導監督してください」と述べたが、当裁判所は、少年及び少年の両親はこの亡くなった女児の両親の言葉に応える責任があると考える。いつの日か、少年が更生し、被害者・被害者の遺族に心からわびる日のくることを祈っている。

   処遇の勧告及び環境調整命令
 なお、本決定と同時に処遇機関に対して、個別処遇の一層の充実を図ること、収容期間は少年の十分な更生がなされるまでとすること、長期の収容による弊害が生じないようできる限りの配慮をすること、少年の治療、教育には精神科医、臨床心理家等の専門家にるスタッフで当たること等処遇に関する勧告を行った。
また、該当の保護観察所に対して、保護者及び家族に対して少年の更生に必要な援助を直ちに開始すること、その援助には必要に応じて精神科医等の専門家を充てること、少年院と緊密な連携を図ること等の措置を取るよう環境調整命令を発出した。 以上

井垣さん、大丈夫?

井垣判決・刑事取調の矛盾がA少年弁護人によって報告されていた!!

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